TeamDreamChallenger



アフリカの大地に挑んだドリームチャレンジャーの15日間

スタート前

チームリーダーを除いた23名全員がレース経験ゼロの素人チーム、Team Dream Challenger。 世界一過酷と言われるパリダカールラリーに挑戦したチームに密着取材した時の冒険日記です。
ノンフィクションの本を読むように楽しんで下さい。

〜登場人物の紹介〜


◆LEG 1 (Jan.4) DAKAR - TAMBACOUNDA
 アフリカで新年を迎えた24名はこれから始まる壮大なドラマの舞台に上る興奮と不安でいっぱいだった。 1月4日のスタート早朝、お互いの健闘を誓いあった後にドライバーとナビ、プレス、メカニックとヘルパーは別々に今日のビバーク地へ出発していった。
チームメンバー 選手は市内の独立広場に作られたポディウムで紹介される。ドリームチャレンジャーの5台はゼッケン292から296と連続する。 カラーリングは白地にスポンサーのステッカーと地味だが、5台も続くと注目度はかなり高い。各車元気良くスタートしていく。
初日のコースは足慣らしのような比較的走りやすいコースであったが、我々にとっては全てが初体験であり高速で走るオフロードの景色が次々に目に飛び込んで頭の中であふれていた。 エア隊のメカニックとヘルパーはビバーク地の飛行場でテントを張って選手の帰りを待つ。 滑走路のはずれの何もない所で焼けるような暑さの昼から肌寒くなる日没までひたすら競技車の帰りを待つ。
夜になり1号車が到着し、その後次々とビバーク地にゴールしてきた。 まだ1日目が終わっただけだが、5台全部戻ってきてホッとして嬉しくなった。 しかし、寺田・和田組はカミオンを避けたあとに大きな穴に落ちてリーフスプリングを曲げてしまうアクシデント。 初日から足回りをバラしての大作業となった。今井・那須組も立木に接触するがマシンへのダメージはなかった。 メカニックのおかげで夜の1時には修復が完了した。

◆LEG 2 (Jan.5) TAMBACOUNDA - KAYES
川渡り  今日は川渡りがコースに設定されている。ボディーの半分が水中に沈む。 コースは相変わらず凸凹が激しく選手と車の両方にストレスがかかる。今日はエア隊のサービスが受けられない。 先に到着したプレスカーが場所を確保してレースカーの帰りを待つ。日が沈んでから1時間ほどして今井・那須組が帰還。 すぐ後に金森・進藤組が到着するが、ヘッドライトを点灯していない。どうやら川渡りのときにオルタネータ(発電機)が故障したらしい。 メカニックはいないのでドライバーの金森自身がオルタネータの交換を実施。早速新ルールの洗礼がふりかかってきた。 今日のブリーフィングはとても沈んだ空気の中で行われた。バイクの選手で死亡者が出てしまったからである。 全員で黙祷をささげた。本当に厳しい環境の中にいることを改めて思い知らされた瞬間だった。 その後、岡田・土方組は戻ってきたが寺田・和田組と稲垣・永田組の2台が戻ってこない。とても不安になる。 深夜1時にプレスカーはビバーク地を出発するが2台はまだ戻ってこなかった。

◆LEG 3 (Jan.6) KAYES - NARA
 暗闇の中を2台のプレスカーは進んでゆく。撮影ポイントに先回りするため競技車よりも早く出発する。 ヘッドライトに浮かぶ地面以外、左右は全く見えない。まるでトンネルの中にいるような錯覚をおこす。 ただ、休憩で車をとめてライトを消すと星の多さにとても驚く。黒いテーブルの上に砂糖をまいたように星々が輝いている。 肉眼で人工衛星も見える。とても綺麗で幻想的だ。
 コースは大きな木が少なくなり砂地が増えてくる。車が走ると砂塵がすごい。 特にカミオンと呼ばれる10トンクラスのトラックに追い越される場合は、注意しないと飛んで来る小石でフロントガラスが割れてしまう。 それに前が砂煙で穴や木が見えずにとても危険である。あの大きさで迫ってきてクラクションを鳴らされると相当な迫力である。なかなかスリル満点だ。
ビバーク  到着が遅れていた寺田・和田組と稲垣・永田組は朝のスタートにはなんとか間にあった。 実は寺田・和田車のバッテリーから火災が発生、エンジンはかかるが計器を含む電気系が全て使用出来ない状態になっていたのだ。 そのため稲垣・永田組が先導してその後ろを寺田・和田組がついて行く形をとっていた。 この状況は夜になると非常に厳しくなり、前車のテールランプを目印に走るのだが、2m以上あけると砂塵で前が見えなくなり、 前が見えるまで止まっているとはるか先に行かれてしまう。この2m間隔保ってを時速80kmでずっと走ってきたのだった。今日も同じ状況で走り続けている。
ビバーク地へは金森・進藤組、今井・那須組、岡田・土方組が順調に到着する。 しかし、岡田・土方車はGPS(衛星から現在位置を知る機械)の調子が悪く、コンパスと星の位置をたよりに戻って来た。 何も目印がない広大なアフリカの台地では、今後心理的に不安な要素になってゆきそうだ。 今日もエアメカのサポートはなし。メカニックに会えないのはなんとなく寂しい。 3台の競技車とプレスカーのメンバーのみで夜をすごす。深夜になっても到着しない2台の4人がとても心配だ。

◆LEG 4 (Jan.7) NARA -TOMBOUCTOU
 ナラからトンブクトゥへはコース上の砂が多くなり、競技車が通るたびに深く掘れて走りにくくなる。 遅い順位の車にはさらに不利な状況となる。プレスカーは第1CP(チェックポイント)からルートを外れて迂回コースで翌日のビバーク地のガオへ向かう。 そのCPで奇跡的に稲垣・永田組と再会する。まだリタイアしていなかった。プレス全員がいっせいに車にかけよった。
「水ちょうだい、水っ!」と言いながらドライバーの稲垣が車から降りてくる。 2人とも顔は塵で茶色になっていて目をつぶるとまぶただけが白い。しかし、後ろについてきているはずの寺田・和田組が来ていない。 しばらく待ってみたがまだ来ない。寺田・和田組を心配する半面、タイムアウトも気になる。 今日間に合わなければ2台ともリタイアになってしまう。 だが、驚いたことにコースを逆走して295号車を探しに戻って行った。
寺田選手 「メカのいる今日のゴール、トンブクトゥまで一緒に行かないと2日前にあいつらを助けた意味がなくなる」と話していたナビの永田の言葉を思い出した。 ただし、コース逆走はルール違反である。ただ、その場にいたオフィシャルは見なかったことにすると言ってくれた。 感謝と同時にみんなを完走させるために働いているという空気が感じられた。 15分ほどして稲垣・永田組が戻ってきた。当然オフィシャルからきつく注意をされる。 「お前ら、もう時間ねぇからゴールに急げ! 寺田達はダメならリタイヤさせるからあとは自分たちのことだけを考えろ。死ぬ気で行かないと間にあわねぇぞ!」 プレス1号車のドライバー藤崎が稲垣・長田組にアドバイスする。彼は経験豊富なベテランであり、全員から厚い信頼を得ている。 みんなは”隊長”というニックネームで呼んでいる。
 その15分後、オフィシャルが「Your Friends!!」と大声で呼んでくれた。 なんと無事に寺田・和田組がCPに到着してきた!先程の2人と同様顔はまっ茶色に汚れている。 ドライバーの寺田は2日間徹夜で走っているのでさすがに疲労の色は隠せない。 しかし、顔はまだ気力であふれている。
「リタイアするなら一緒に連れてってやるぞ、だいじょうぶか?」と隊長が尋ねたら、「大丈夫です!」と元気に寺田は答えた。 「よしわかった!頑張れよ!」 隊長の言葉に手で挨拶をして寺田・和田組はCPを出ていった。
リタイアも、する場所で危険度が大きくかわるのを知っている隊長ならではの言葉である。  夜になってメカニックのいるトンブクトゥへ次々と到着する。最初の難関であるノーサービス区間を走りきって一安心だ。 エア隊との再会も嬉しい。ただ心の底から感動出来ないのはビバーク地に4台の車両しかないからだった。 寺田・和田組のリタイアが確認されたのは翌日になってからであった。 彼等はコース上の車の中で一夜を明かし、2人だけの力で生きのびるもうひとつのパリダカがスタートした。

◆LEG 5 (Jan.8) TOMBOUCTOU - GAO
 前日のCPで稲垣・永田車、寺田・和田車と別れてからは独自のルートで今日のキャンプ地ガオを目指す。 距離にして約800km。昨晩は道から少しはずれた草原の真ん中で車2台の計6人でキャンプをはった。
 ガオまで残り100kmほどになった時、プレス1号車の調子がおかしいことに気付く。 調べてみるとメインの安全タンクから燃料が送られずにノーマルタンクの燃料しか使われていない様子だ。 修理を試みてみるが時間がかかりそうなので、とりあえず2号車が先回りをして燃料を調達に行く。
プレスカー  往復2時間程度でもどれる予定だったが、ガオの直前にはニジェール川があり、そこに橋がかかっていなかった。 そこはいかだの様な船に車を乗せて対岸へ渡るわけだが、そこの船がクセモノだった。 何か渡さないと対岸へは渡らせてくれない訳である。ケンカ越しの交渉の末Tシャツ2枚で通過。(もちろんそれ以外にお金はきっちり取られる)
さて目指すはガソリンスタンド。ジェリカンに燃料を10リットル入れてもらう。 その時に気付いたのだが、さっきの船で車に貼ってあったステッカーがいたる所剥がされている。なんてこった。 しかも、そこをあと2回も通るのかと思うとうんざりしてしまう。しかし、そんな事は言ってられないので1号車の所まで急いで戻る。 しかも日が既に沈みかけている。そして渡し船の場所に到着。 しかし、今回は地元のトラックが4〜5台船を待っていて渋滞している。 そうこうしている間に暗くなってしまった。1号車は大丈夫だろうか?  すると、前方から見覚えのあるフォグライト。なんとプレス1号車! とてもラッキーなタイミングである。聞くと、2号車の戻りが遅いので橋が無かったのだろうと判断して明るいうちに安全タンクをばらしてそこから燃料を抜いてノーマルタンクに給油して走ってきたらしい。 さすが隊長こと藤崎さん!!

メンテナンス  みんなの待つビバーク地まではすぐだった。競技車の人達とは40時間振り、メカニックとは実にまる3日振りの再会だった。 みんなに会えたことにとても感動したし、その意味にもまた喜んだ。本当に嬉しい。 ただ、残念なことに今までは5台あった競技車がそこには4台しかなかった。 #295の寺田・和田車はリタイアしたらしい。前日のCPを最後に彼らとは誰も会っていない。 ここにいる私達が出来ることは無事でいてくれることを祈ることしかなかった。

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